FC2ブログ
 

おひとりさまのよもやま話思ったこと、感じたこと、買った商品のことなどよもやま話を書いています 

初めて精神科へ行った時のこと

   ↑  2018/09/18 (火)  カテゴリー: うつ病のこと

何年もの間、役員から受けていたパワハラ


私は何年もの間、会社でパワハラを受けていました。
当時はまだ「パワハラ」という言葉がなかった時代です。
今なら証拠を残して完全にアウトにするのですが。

相手は非常勤の役員でした。
どういう訳か始終私に電話をかけてよこしては、仕事を言いつけます。
それは、大抵どうでもいい内容の仕事でした。
「○○に関しての資料を作って。あさっての3時まで。」
「忙しいので1日延ばしていただけませんか?」と言おうものなら、いきなり「ガチャン」と電話を切られます。

やたら細かい人で、資料が数ミリずれていても許されません。やり直しを命じられます。
また、この人は社長との折り合いが悪く、それに巻き込まれたことも多々ありました。
社長の指示とこの人の指示が違うのです。
社長の言ったとおりにしたら
「俺の言うことがきけないんだったら、辞めてくれてもいいんだよ。」と脅されました。
そもそも、社長や役員から、事務員に直接指示がくること自体がおかしいのです。
そういう、組織がしっかりしていない会社に勤めていました。

また、上司を始め、他の社員はやる気がなく、何かと人に押し付けるような、無責任な人ばかりが集まっていました。
そのようになったのは、社長の責任でありますが、押し付けられるのは決まって私でした。
大量の仕事を抱え、パワハラに合い、私はかなりストレスが溜まっていたのです。

パワハラ役員いなくなる


35歳の時だったと思います。
そのパワハラ役員がいなくなったのは。
役員は数人おり、それぞれが、関連会社の社長を務めておりました。
その人は会社を畳むことになり、役員からも外れることになったのです。

私の喜びは相当なものでした。
もう突然電話がかかってきて、どうでもいい資料の作成をしなくてもいいのです。
嫌味を言われたり、脅されることもありません。
大量に作成した資料は、一度も人の目に晒されることなく、しまったままでした。
それは一気にどさっと捨てました。

ストレスが減ったのに、異変が起きた


それですっきりして、静かに仕事ができるようになったのですが…
なんだかイライラするのです。
忙しいと、イライラすることはありました。
でも、たいして忙しくもないのにイライラするのです。
「なんだかおかしいなあ」
その時は、あまり深刻に捉えていませんでした。

ある日、会社へ行く身支度を整えていて、化粧をしていました。
口紅を引こうと、紅筆を持った手がぶるぶると小刻みに震えています。

なんとかもう片方の手で押さえて口紅を引き、出社しました。
しかし、その震えは様々な場面で出てくるようになりました。
車を運転中に、足が震えるとか、人に書類を渡す時に手が震えるなど。

怖くなって精神科へ飛び込んだ


だんだん仕事に支障が起きるようになってしまい、怖くなったある日、会社近くに「精神科」という看板を見つけて、飛び込みました。
「手の震えが止まらない」と話したら、点滴をうってくれました。
そして、この時いくつかの質問を受けました。
「何か思い当たることはありますか?」
「ありません」
「気分はどうですか?」
「不安です」

この時はまだ気がついていなかったのです。
私はパワハラというストレスから解放されたことで、症状を発してしまったのでした。
そういうケースもあるのだそうです。
張りつめていたものがプツンと切れた、といったところだったのでしょう。
この時、私は35歳でした。

不安です、この一言で「不安神経症」に


私が「不安です」と言ったのは、自分がどういう状況になってしまったのか、それに対して不安です、というその時の心境だったのです。
これが誤解を呼んで、「不安神経症」とされてしまいました。
この時私は「焦燥感」に襲われていたのですが、「焦燥感」という言葉すら知りませんでした。
かなり後になって知ったので、仕方がありません。

診察という名目の取り調べ


4週に1度の割合で通院しました。
診察と言っても、ほぼ取り調べでした。
私は会社のストレスで、精神状態がおかしくなっているのに、家庭のことばかり聞かれるのです。
どんな育ち方をしたか、厳しかったか、両親はどこか病院へ通院しているか、どんな薬を飲んでいるのか?
それこそ根掘り葉掘りです。
嫌でしたが、最初は治してくれるものだと思っていました。
ところが、数回通院してみた結果、どれだけ取り調べを受けても、「ソラナックス」という抗不安薬を処方されるだけ、なのだということを悟ります。
しかも、この病院は週2回しかやっておらず、先生もやたらヒステリックで、嫌いでした。
(男のくせに)

他の病院へ転院


すぐに転院はせず、しばらく我慢して通院し、頃合いを見計らって転院の話を切り出しました。
そこからすぐ側の病院内に心療内科があったのです。
最初からそこに行けばよかったと思っています。
行ってみたら、ニコニコした女医でした。
あまり余計なことを聞かれるわけでもなく、ほぼ薬をもらいに行くだけで、とても楽になりました。

ただ、その時はこの女医と、まさか15年以上の付き合いになるとは思ってもみませんでした。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代おひとりさまへ
にほんブログ村

(記事編集) http://yomoyamabanasi.com/blog-entry-109.html

2018/09/18 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |