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おひとりさまのよもやま話思ったこと、感じたこと、買った商品のことなどよもやま話を書いています 

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年金支給日と、その翌日のスーパーは高齢者でいっぱい

   ↑  2018/09/20 (木)  カテゴリー: 生活・暮らし
公的年金の支給日は、偶数月の15日


このことを知ったのは、最近のことです。
その日になると、母は父に、「お金をおろしてきて」と頼んでいるのですが、特に何日なのか、気に留めることはありませんでした。
知ることになったきっかけは、買い物です。
特売日でもないのに、やたらスーパーに人がわやわやといるのです。

そのことを母に話すと「ああ、年金支給日が15日だからね」と言われました。
そう言えば、年配者が多いことに気づきました。
年金が手に入ると、買い物に走るということは、計画的に生活できていないギリギリの生活を送っているということになります。
日にちが経てば、お金は底をつき、ひもじい生活を強いられることになります。
今は結構、こういうケースが多いようです。

国民年金は免除申請をしている


数年前から、国民年金の免除申請をするようになりました。
はたして、払っていいものか、わからなくなったからです。
利息がついて戻ってくるのなら支払うのですが、どうやら違う方向へ向かっている、ということがわかりましたので。
現在、3/4免除で支払いをしています。
厚生年金の分があるので助かりました。
国民年金だけだと、受け取る年金は微々たるものです。

増える年金支払額、減る受け取り年金額


私の支払い年金額は、どんどん増えています。
今後も増え続けるでしょう。
しかし、両親の受け取る年金額は減らされる一方です。
そのうえ、介護保険料は増額されています。
私が年金を受け取る年齢になった時、雀の涙程度になっているかもしれません。

年金の支給年齢が引き上げられるかもしれない


70歳…?
それまでどうやって生活しろと?
それはないと思うけど、今後高齢者が増え続けることを思えば、ありうるかもしれなません。

生協の中に未来の自分がいるような気がした


うちの近くにある生協の利用者のほとんどは高齢者です。
車を運転できる人はもっと大きくて、品揃えのいいスーパーに行きますから。
車だとスーパーのはしごもできますし。
生協ではバスの運行もしているので、近くにお店がない所に住んでいるお年寄り達も買い物に来るのです。

必死で買い物をする、おばあちゃんたち。
(もちろんおじいちゃんもいます)
ある人は足を引きずりながら、またある人はシルバーカーを押しながら。
自転車で来る強者もいれば、買ったものを風呂敷に入れて背負って帰る人もいる。
どこから歩いてくるのかわからないけれど、みんな生きるために必死なんだろうな。
買い物に来なければ、食べることができないから、必死になってやってくる。
すごいなあ。
その中に、未来の自分がいるような気がしました。
やっぱり年金をもらったら、こうして買い物にくるんだろうなあ、でも、できればもっと計画的に生活したいなあ。
でもこの人たちのように、たくましく買い物に行くことができるのか、余裕をもった生活ができるのか、いずれも自信のないところです。

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2018/09/20 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

初めて精神科へ行った時のこと

   ↑  2018/09/18 (火)  カテゴリー: うつ病のこと

何年もの間、役員から受けていたパワハラ


私は何年もの間、会社でパワハラを受けていました。
当時はまだ「パワハラ」という言葉がなかった時代です。
今なら証拠を残して完全にアウトにするのですが。

相手は非常勤の役員でした。
どういう訳か始終私に電話をかけてよこしては、仕事を言いつけます。
それは、大抵どうでもいい内容の仕事でした。
「○○に関しての資料を作って。あさっての3時まで。」
「忙しいので1日延ばしていただけませんか?」と言おうものなら、いきなり「ガチャン」と電話を切られます。

やたら細かい人で、資料が数ミリずれていても許されません。やり直しを命じられます。
また、この人は社長との折り合いが悪く、それに巻き込まれたことも多々ありました。
社長の指示とこの人の指示が違うのです。
社長の言ったとおりにしたら
「俺の言うことがきけないんだったら、辞めてくれてもいいんだよ。」と脅されました。
そもそも、社長や役員から、事務員に直接指示がくること自体がおかしいのです。
そういう、組織がしっかりしていない会社に勤めていました。

また、上司を始め、他の社員はやる気がなく、何かと人に押し付けるような、無責任な人ばかりが集まっていました。
そのようになったのは、社長の責任でありますが、押し付けられるのは決まって私でした。
大量の仕事を抱え、パワハラに合い、私はかなりストレスが溜まっていたのです。

パワハラ役員いなくなる


35歳の時だったと思います。
そのパワハラ役員がいなくなったのは。
役員は数人おり、それぞれが、関連会社の社長を務めておりました。
その人は会社を畳むことになり、役員からも外れることになったのです。

私の喜びは相当なものでした。
もう突然電話がかかってきて、どうでもいい資料の作成をしなくてもいいのです。
嫌味を言われたり、脅されることもありません。
大量に作成した資料は、一度も人の目に晒されることなく、しまったままでした。
それは一気にどさっと捨てました。

ストレスが減ったのに、異変が起きた


それですっきりして、静かに仕事ができるようになったのですが…
なんだかイライラするのです。
忙しいと、イライラすることはありました。
でも、たいして忙しくもないのにイライラするのです。
「なんだかおかしいなあ」
その時は、あまり深刻に捉えていませんでした。

ある日、会社へ行く身支度を整えていて、化粧をしていました。
口紅を引こうと、紅筆を持った手がぶるぶると小刻みに震えています。

なんとかもう片方の手で押さえて口紅を引き、出社しました。
しかし、その震えは様々な場面で出てくるようになりました。
車を運転中に、足が震えるとか、人に書類を渡す時に手が震えるなど。

怖くなって精神科へ飛び込んだ


だんだん仕事に支障が起きるようになってしまい、怖くなったある日、会社近くに「精神科」という看板を見つけて、飛び込みました。
「手の震えが止まらない」と話したら、点滴をうってくれました。
そして、この時いくつかの質問を受けました。
「何か思い当たることはありますか?」
「ありません」
「気分はどうですか?」
「不安です」

この時はまだ気がついていなかったのです。
私はパワハラというストレスから解放されたことで、症状を発してしまったのでした。
そういうケースもあるのだそうです。
張りつめていたものがプツンと切れた、といったところだったのでしょう。
この時、私は35歳でした。

不安です、この一言で「不安神経症」に


私が「不安です」と言ったのは、自分がどういう状況になってしまったのか、それに対して不安です、というその時の心境だったのです。
これが誤解を呼んで、「不安神経症」とされてしまいました。
この時私は「焦燥感」に襲われていたのですが、「焦燥感」という言葉すら知りませんでした。
かなり後になって知ったので、仕方がありません。

診察という名目の取り調べ


4週に1度の割合で通院しました。
診察と言っても、ほぼ取り調べでした。
私は会社のストレスで、精神状態がおかしくなっているのに、家庭のことばかり聞かれるのです。
どんな育ち方をしたか、厳しかったか、両親はどこか病院へ通院しているか、どんな薬を飲んでいるのか?
それこそ根掘り葉掘りです。
嫌でしたが、最初は治してくれるものだと思っていました。
ところが、数回通院してみた結果、どれだけ取り調べを受けても、「ソラナックス」という抗不安薬を処方されるだけ、なのだということを悟ります。
しかも、この病院は週2回しかやっておらず、先生もやたらヒステリックで、嫌いでした。
(男のくせに)

他の病院へ転院


すぐに転院はせず、しばらく我慢して通院し、頃合いを見計らって転院の話を切り出しました。
そこからすぐ側の病院内に心療内科があったのです。
最初からそこに行けばよかったと思っています。
行ってみたら、ニコニコした女医でした。
あまり余計なことを聞かれるわけでもなく、ほぼ薬をもらいに行くだけで、とても楽になりました。

ただ、その時はこの女医と、まさか15年以上の付き合いになるとは思ってもみませんでした。

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2018/09/18 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

血圧が70mmHg台で絶不調

   ↑  2018/09/17 (月)  カテゴリー: 日々の出来事
昨日は体調が回復しつつあると思っていた。
でも今日起きた時の重だるさといったら半端ではなかった。

最小限のことだけやって、休もうと思った。
というより、できそうにない。

両親は1日に何度も血圧を計る。
私が体調不良を訴えたら、計るように言われて計った。
2度計ったが、上が75mmHgとか76mmHgとか。
下が50mmHg前後。
半分死んでるな~と思った。
夕方、ようやく80mmHgを超えた。

血圧は普段から低く、80mmHg台。
90mmHgを超えることは滅多にない。
興奮した時くらいかな。
病院で計ると高くなる。

昔から、血圧は低かった。
たびたび計ってはいないが、健康診断の時、「低いですね」と言われて
「あぁ、そうなんだ~」と思った。
会社が血圧計をどこかからもらったので、一時的によく計るようになった。
すると、午後になるとようやく100mmHgを超える、ということがわかった。

でも、いつからこんなに低くなったのかわからないのだ。
病院へ行くたびに計測されているのだが。
よく気をつけて見ていなかったのだと思う。

数年前から季節の変わり目は体調を崩すようになって、
酷い時は1カ月くらい寝込んでいた時もあった。
4~5月もそこまではいかないけど、結構長く、調子を崩した。
今回は、いつまで続くのだろう?
年寄りに家事を頼むわけにもいかず、数日で回復してくれることを願うしかない。

体の丈夫な人がつくづくうらやましい。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

今日、テレビのワイドショーと、全国ニュースでは、2つの大きなニュースを取り扱っていた。
言うまでもなく、安室奈美恵の引退と、樹木希林死去のニュースである。
本当は安室一色になる予定だったのだろうが、樹木希林が突然亡くなった。

亡くなったということは、昨日知って驚いた。
てっきりあのまま、これからも活躍するものだと思っていたから。
でも、本人が淡々と「全身がんなんですよ」と語っていただけに
そのことを淡々と受け止めることができている。

過去のインタビューの模様を様々な番組で流していたが
本当にこの人の言うことはすごく深い。
哲学的というか、なんというか。
10年以上、がんと共存して、さぞかし辛かったと思うが、おくびにも出さない。
その芯の強さ。
あっぱれである。
女優としても、好きだったけど、何より人間として、憧れていた。

特にファンというわけではないが、安室奈美恵の引退は残念に思う。
でも、彼女なりの考えがあるのだろう。
私らにはわからない世界で生きてきて、
しんどいことたくさんあっただろうし
辛い目にも合ってきただろう。
ここで一区切りつけて、何をするのか定かではないが
新しいスタートをするつもりなのだろう。


家でぐだぐだしている私のような者もいれば
惜しまれて引退する人、惜しまれて亡くなる人。
この地球上に、いろんな人が存在して
いろんなことが起きている。
私はただ、1日1日を、ただひたすらに、重ねて行こう。

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2018/09/17 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

お寿司をとった敬老の日の前日

   ↑  2018/09/16 (日)  カテゴリー: 日々の出来事
昨日、母はだいぶ具合が悪そうだった。
冷戦中だったが心配になって、「具合悪いの?」と声をかけた。
すると母は、素直に話し始めた。
午前中はそれこそ、もう死ぬかと思ったらしい。
午後には少しマシになったようだ。
あくまで少しだけ。

あれだけ暴言を吐いたのに、素直になっていたので
私も何も言わず、普通にしていた。
やっぱり苦しいと変なスイッチが入って、
わけのわからないことを言い出すようだ。
これを臆することなく、動じることなく、
対応できるようにならなくてはいけないことはわかっているのだが…
ほんの些細なことも気にしてしまう、
繊細なくせに瞬間湯沸かし器のような性格の私は
こんな時、一体どうしたらいいというのだろう?
悩むところだ。

私の体調は、だいぶマシになってきた。
まだ本調子ではないが、とりあえずたまった洗濯物をどうにかせねばならない。
2回まわしだな、そう思って「ごはんはありものでいい?」と言ったら
「今日はお寿司にする」と言われた。
「明日は敬老の日だし、みんな具合が悪いって言ってるし」

ああ、そうか敬老の日だった。
本来ならそういう場合は、私がごちそうせねばいけないのだけれど…
悲しき無職。(T_T)

我が家は10年以上、お寿司を食べることはなかった。
それまで贔屓にしていたお寿司屋さんが店を閉めてしまい、
どこに頼めばいいか、わからなくなったのだ。
私も母も体調が悪く、外に出歩くこともなくなって、情報も入ってこない。
父はなんでも人任せ。
宅配をしてくれるお寿司屋さんを探していたのだが、なかなか見つからなかった。
あっても値段が高くて注文をためらった。

去年、やっと見つけたのが、現在利用している宅配寿司屋である。
それ以来、何かにつけて頼むようになった。
両親は「今のうちに食べておきたい」と言っているし
私が体調不良で食事の支度ができない時もお寿司になる。

ただ、この寿司屋、いつ電話しても
「混んでいるので5時から5時半の配達になります」と言う。
うちの夕食は4時半なので、5時前には配達してもらいたい。
早めに注文すればいいかと、昼から注文しても同じことを言う。
たぶん、注文がある程度まとまってから配達に行くのだろう。

食べられるだけありがたいと思わないといけないな。
あちこちで災害が起きて、
食事その他に困っている人がたくさんいるというのに。

母は昨日よりはマシだと言っている。
先週、かかりつけの内科へ行き、「点滴をしてほしい」と頼んだのにやってくれなかった。
それまで担当してくれていた先生が病気らしく、休みがちになって、代わりに息子が診察しているのだそうだ。
でもその先生だとわかってもらえない、と不満を漏らしている。
そして、いずれこの若先生が引き継ぐことになるのだろうと、不安に思っているのだ。

生きていると、いろいろなことと遭遇する。
楽しいこともあるけど、理不尽なことや、嫌なこと、人間関係のetc…
やりきれない思いをすることも多々ある。

考え方を変えないと、腹の立つことだらけだ。
でも、こうして書くことで、気持ちの整理になる。
そして、どこのどなたかわからないが、
読んでくださっている方に感謝。<(_ _)>

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2018/09/16 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

うつ病が治ったと感じた時

   ↑  2018/09/15 (土)  カテゴリー: うつ病のこと
長いこと、うつ病が治りませんでした。
「ずっとこのまま治らないのではないか?」
そんな不安に駆られながら、毎日を過ごしていました。

うつ病について調べなくなったことでよくなっていることを知った



どこから、と境界線を引くのは難しいのですが
「そういえば、うつ病のことを調べなくなった、あ、治ったんだ」
そう思えるようになりました。

うつ病になると、とにかくうつ病のことを調べるようになります。
(あくまで私の場合です)
どんな病気なのか?
どうしたら治るのか?
ネットで調べたり、本を読んだり、うつ病の人と関わってみたり。
しかし、それらのことは、全く無駄に終わりました。

うつ病を治す方法は今のところない



うつ病が治る方法など、現時点では存在しません。
一般的にはウオーキングや日光を浴びることを推奨されます。
でも、それだけでよくなるわけではありませんし、そもそも「外に出たくない」「動けない」という重い症状の人も多々います。

「夢中になれる趣味が見つかったら治った」
という人もいましたが、それはたまたまその人にはその趣味が有効だっただけで、全ての人に言えることではありません。
発病の原因も、症状も、環境も、人それぞれ。
だから、治るきっかけも、人それぞれだと思います。

私の場合、いつの間にか、うつ病に興味・関心がなくなり、調べなくなりました。
そこで自分が、うつ病から解放されたことを知った次第です。

うつ病は心の風邪ではない



「うつ病は心の風邪です、思い当たる症状があったら、早めに医療機関を受診しましょう」
数年前、そんなCMがさかんに放送され、それを見て病院へ行く人が増えた結果、うつ病患者が増大したそうです。
うつ病は心の風邪などではありません。
未だ解明されていない部分が多く、諸説ありますが、「脳の機能障害」という説が今のところ有力です。

前述のCM以降の研究で、「軽度のうつには抗うつ剤は効果がない」ということがわかったそうです。
研究は随分続けられているようですが、こんなに医学が進んでいるのに、未だ解明されていない部分が多いのは、一筋縄ではいかない病気だということなのでしょう。

この病気は、血液検査やレントゲンで判明する類の病気ではありません。
医師の判断だけが頼りです。
しかも、薬で治るものでもありません。
薬は症状を和らげるのみです。
私の場合は、結果として、時間の経過でよくなっていきました。
それだけ、長い休養が必要だったということだったのでしょう。

医師免許を持っていると、内科であろうが、外科であろうが、どんな看板を掲げてもいいことになっています。
それでは「本当に専門なの?」という疑問が生じてしまうため、「専門医」という制度ができました。
心療内科と精神科にも「専門医」はありますが、クリアしなくてはならない項目の中に、付け足してほしいものがあります。

 「減薬指導ができること」
「臨床経験が豊富、かつ、コミュニケーション能力が高いこと」
 


正しい判断、処方、および減薬指導ができる医師が、ごく僅かだからです。
そして、診断の材料となるのは、患者との会話のみです。
コミュニケーション能力が高くなければ、患者から話を引き出すことができません。

そして、参考になるかどうかわかりませんが、うつ病で悩んでいるどこかの誰かのために、私の体験談を少しずつ、書いていこうと思っています。

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2018/09/15 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

50過ぎたら泣いてはいけないのか?

   ↑  2018/09/14 (金)  カテゴリー: 日々の出来事
以前も書いたことがあったのだが、
母は具合が悪いと機嫌が悪くなり、八つ当たりをする。
最近は落ち着いており、八つ当たりの回数も減ったし、されても軽くて済んでいる状態だった。

9月に入ってからの寒暖差の激しさと、
夏の疲れ、様々な負担が増えたことが重なり、私は相当参っていた。
そして、体調が悪くなってしまった。

そこで、昨日の夕方
「休ませてほしい」と言ったところ、突然母がキレ始めた。
いきなり
「私の整形はどうなるんだっ!」と怒鳴られた。
意味がわからない。
整形外科に行きたいのだが、具合が悪くて行けずにいる。
だが、それと私が休みたいと言ったことと、どう関係があるというのだろう?

そこから母の意味不明な発言は止まることがなかった。
「この気候だから、体調を崩すのは当たり前だ。
お前は動きすぎる。
誰もお前にやれとは言っていない。
お前が勝手にやっているのが悪い」
要約すれば、これだけなのだが、1時間に渡って喚き散らしていた。

多少の場合は黙っているのだが、今回は酷過ぎると思い、言い返した。
そして言い争いになった。
確かに「やれ」とは言っていない。
でも、父も母も洗濯機の使い方すら知らない。
使えても、干すことができない。
母は立っていられないので、台所に立てない。
父はもう何もしたくないようで、黙って座っていることが多くなった。
私がやるしかないのだ。

「あさっては買い物に行けないかもしれない」とも言ったのだが
(あさっては生協がポイント15倍の日なので)
「買い物買い物って、行かなきゃいいじゃないか。
みんなカップラーメン食べてるんだ。行って見てこい」
みんなってどこのみんな?
「お腹すいた、お腹すいた、お菓子買ってきて、アイス買ってきて」
って言ったのはどこのどいつだ?
生協のチラシを見ながら「とりあえずこれ買ってきて」
と言っていたのはどこのどいつだ?

母は動かない。
お茶を入れなきゃいけないし、目薬もささなきゃいけないし、
お腹を揉んでくれ、足を揉んでくれ
お菓子とって、あれとって、あれ持ってきて、垢すりをしろ
と要求が非常に多い。
それで「お前が動きすぎる」と言われたら
今までやってきたことを全部否定されたようで情けなくなって泣いた。
泣くと母はいつも
「泣くな!50過ぎて、みっともない!」と怒鳴る。
50過ぎても、60過ぎても、母親に理不尽なことを言われたら泣きますって。
とにかく延々と暴言を吐かれ続けた。
そして「あたしが洗う!」と言って茶碗を洗い始めた。
洗い終えてから倒れ込んで、はあはあ言っていた。
嫌がらせとしか思えなかった。

今朝起きて行ったら、いきなり嫌味を言われた。
あまりに酷いことを言われたようで、記憶が飛んでいる。
とっさにクッションを掴んだが、さすがに高齢の親に投げつけることはできなかった。
床にたたきつけただけ。

それから一切口を利いていない。
私は部屋にこもっていた。
「何もしなくていい」と嫌味を言われたし(怒鳴られた)、体調が悪くてできない。
さらに、精神的なダメージが大きい。
夕食はそうめんだった。
その程度は父ができる。

夕食後、母は「皿洗いはやらなくていいからね」と嫌味を言ってきた。
絶対言い返さないと決めていたので、無言で洗った。

こんなことがたびたび起こる。
確か前にも書いたことがあったような気がする。
最近は回数が減ったから、まだいいようなものの
2月と4~5月は地獄だった。
ほぼ毎日嫌味攻撃が続いて、胃がちぎれそうになっていた。
それが数年続いた結果、私は逆流性食道炎になった。

むこうが嫌味を言ってきたことに対して、私が怒るというパターンなのだが
いつの間にか、私がいきなり怒って向かっていったことにされている。
いつも。
そして「こんな家嫌だ、出ていく」という話になる。

母が言うには、私は50過ぎて泣く、
恥ずかしくて人に言えない娘なのだそうだが
私がしていることは、そんなに恥ずかしいことなのだろうか?
一生懸命世話しているのに、(母は当たり前だ、お前はそのために家にいるんだろ?と言う)
それは当たり前なのかもしれないけど、
理不尽なことを母親に言われて、泣いたらいけないのだろうか?
50過ぎたら泣いてはいけないのだろうか?

親のことで泣いている人がいっぱいいるような気がするんだよね。
こういう時、第三者がいて、理解してくれたら相当精神的に楽になるんだろうな。

いつも2,3日で収束するのだが、今回は長いかもしれない。
地獄だな。(T_T)

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