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このページの記事目次 (カテゴリー: うつ病のこと

いつまで経ってもうつ病は、一向によくなる気配がなかった

   ↑  2018/10/10 (水)  カテゴリー: うつ病のこと
うつ病だった頃の詳細は正直、あまり覚えていません。
思い出したくないからだと思います。
最初の頃、テレビを観ることができませんでした。
テレビに映っている人が、普通に動いたり、笑ったりしているのを、観ることが耐えられなかったのです。
徐々に観ることができるようになっていきましたが、私はしばらくの間、ほとんど笑うことがありませんでした。

うつ

もし適切な治療を受けていたら、違っていたかもしれない



主治医の診察はいつも同じでした。
「どうですか?」
「眠れますか?」
「食欲はありますか?」

「あまりよくありません」と言えば、抗うつ剤が追加され、「眠れない」と言えば睡眠導入剤が追加されました。
通常、処方した抗うつ剤が効果を発揮しない場合、他の薬に変更するはずなのです。
ですが、主治医はそれを怠りました。
ただ増やしていくだけ。
「眠れますか?」と聞いてはきますが、具体的にどのように眠れないのか、聞かれたことはありません。
睡眠障害には「寝つきが悪い」「途中で目が覚める」「朝早く目が覚める」など、いろいろなパターンがあるのです。
そして何時に寝て、何時に起きているのかとか、何時間程度眠っているのかなど、聞かれたこともありません。

その頃の私は、うつのせいで判断力が鈍っており、「治療法がおかしい」ということに気づきませんでした。
もし、適切な薬を適切な量のみ処方されていれば、もっと早く回復していたかもしれません。
そして回復に向かい始めた時、「薬を減らしましょう」と減薬指導をしてくれていたら、副作用に何年も苦しみ、悩みながら自力で断薬しなくて済んだのです。
しかし、これらはすべて終わったことです。

主治医はにっこりほほえみながら「ゆっくり休んでくださいね。」
いつもこれしか言いませんでした。
(今でもそうですが、気持ち悪いことこのうえないです)

一生治らないのではないかという恐怖



私はいつも同じような生活をしていました。
朝はなかなか起きることができません。
8~9時くらいにやっと起きます。

この時唯一していた家事は「皿洗い」です。
でも、それすらできない時もありました。
そして1日中パソコンと向き合っていました。
パソコンだけが、世の中とつながっていると思えた、唯一の私の世界でした。
よく「うつ病を治す方法」を調べていましたし、そういう類の本やDVDも買いました。
ちっともためになりませんでしたが。

結論を言えば、うつ病を治す方法はありません。
以前も書いたとおり、症状も病気になった原因も人ぞれぞれです。
だから、治る過程も人それぞれなんだと思います。

夕方になると調子がよくなるので、ちょっと散歩に出ることがありました。
でも長くは歩けません。
「あそこまで行きたい」と思っているのに、どうしても行けないのです。
「このまま一生治らないのでは?」という恐怖がふつふつと沸きあがっていたのはこの頃だったと思います。

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2018/10/10 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

うつ病のきっかけと始まり

   ↑  2018/09/25 (火)  カテゴリー: うつ病のこと
2003年、私は長年勤めた会社から突然リストラされました。
家族で話し合った結果、1年休養したのち、再就職活動をすることになりました。
そして、仕事だと思って家事をするように命じられました。

洗濯物を干しながら、お皿を洗いながら、涙がとめどなく溢れました。
やたら疲れるような気もしましたが、慣れない家事をやっているせいだろうと、思いこんでいました。
眠れない、というわけでもないのですが、ぐっすり眠った気がしません。

後で冷静になって考えると、この時からすでにうつ状態になっていました。
この時、気分転換に旅行でも行っていれば、気持ちの切り替えができて、うつ病にならずに済んだのではないかと、深く後悔しています。
何を言っても今更遅いのですが。

とにかく「どれだけ泣くんだ?」というくらい私は毎日泣いていました。
おかしいです、これは。
リストラされて、悔しくて泣くけれど、通常は数日で気持ちが落ち着いて、「ま、仕方ないか」と思えるはずなのです。
それができなかったのは、自分の性格的なものなのか、それともすでに手遅れの状態だったからなのか、わかりません。
結局数年間、泣き続けていました。

そして、7月に入り、「なんだかだるいなあ」と思った私は、休むことにしました。
ところが数日経っても、よくなる気配がありません。
そしてある日、ベッドで横になっていたら、えもいわれぬ恐怖感が襲ってきて、震えが止まらず、心療内科へ向かいました。
車を運転できる状態ではなかったため、タクシーで。
確か点滴をした記憶があります。
そして主治医は満面の笑みを浮かべて言いました。
「うつ病です」と。

「やっぱりそうか…そうだろうな」
でも、ショックだったのは、それを満面の笑みで言われたことでした。
「人が病気になったのがそんなに面白いのか?」
とても不快でした。

主治医は女医です。
今でもそうなのですが、常に笑顔を心がけているようです。
でも、時にそれが、不愉快に感じる場合があるのです。
こんな時に笑顔って不謹慎だな、と。
まあ、今は慣れましたけど。

そして、抗うつ剤を処方されました。
飲んでも効いた気がせず、どんどん増えていき、同時に眠れなくなっていきました。
それは、抗うつ剤の副作用だったのですが、当時は気がつきませんでした。
主治医の指示に従って、薬を飲んで休んでいれば、治るものだと信じていましたし、2,3年もすれば普通の生活ができるようになるだろう、とも思っていました。

私を苦しめたうつ病の症状


・訳もなく悲しく、涙が出る
・不安感・焦燥感
・震え
・気力がない
・底なし沼に沈んでいくような落ち込み感
・体が鉛のように重い
・人が怖い

一般的には「食欲がなくなる」と言われていますが、私の場合、食欲はずっとありました。
人それぞれのようです。

薬は最終的には1日30錠まで増えました。
それでもよくならないのです。
主治医はいつも「ゆっくり休んでくださいね」しか言いません。
でも、判断力も低下していた私は、この治療法がおかしいことに気づかなかったのです。
通院は2週間に1度でしたが、不安感が強い時なども受診して、点滴をしてもらっていました。
だから1カ月に3回程度行っていたような気がします。

車は完全に運転できなくなり、1年後に処分しました。
そして病院へは、父が送り迎えをしてくれるようになりました。

うつ病は波があります。
時々「あれ?よくなった?」と思うことがあるのですが、数日しか続きません。
また、夕方から夜にかけて調子がよくなるという特徴がありました。
夜になると、「私はどこも悪くないのではないか?」と思えるのです。

うつ病になってから、私は部屋で寝ていたり、本を読んだり、インターネットをするようになり、家事は一切できなくなりました。
それでも、最初の2,3年は「そのうちよくなる」と思って、のんびり構えていたのです。

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2018/09/25 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

初めて精神科へ行った時のこと

   ↑  2018/09/18 (火)  カテゴリー: うつ病のこと

何年もの間、役員から受けていたパワハラ


私は何年もの間、会社でパワハラを受けていました。
当時はまだ「パワハラ」という言葉がなかった時代です。
今なら証拠を残して完全にアウトにするのですが。

相手は非常勤の役員でした。
どういう訳か始終私に電話をかけてよこしては、仕事を言いつけます。
それは、大抵どうでもいい内容の仕事でした。
「○○に関しての資料を作って。あさっての3時まで。」
「忙しいので1日延ばしていただけませんか?」と言おうものなら、いきなり「ガチャン」と電話を切られます。

やたら細かい人で、資料が数ミリずれていても許されません。やり直しを命じられます。
また、この人は社長との折り合いが悪く、それに巻き込まれたことも多々ありました。
社長の指示とこの人の指示が違うのです。
社長の言ったとおりにしたら
「俺の言うことがきけないんだったら、辞めてくれてもいいんだよ。」と脅されました。
そもそも、社長や役員から、事務員に直接指示がくること自体がおかしいのです。
そういう、組織がしっかりしていない会社に勤めていました。

また、上司を始め、他の社員はやる気がなく、何かと人に押し付けるような、無責任な人ばかりが集まっていました。
そのようになったのは、社長の責任でありますが、押し付けられるのは決まって私でした。
大量の仕事を抱え、パワハラに合い、私はかなりストレスが溜まっていたのです。

パワハラ役員いなくなる


35歳の時だったと思います。
そのパワハラ役員がいなくなったのは。
役員は数人おり、それぞれが、関連会社の社長を務めておりました。
その人は会社を畳むことになり、役員からも外れることになったのです。

私の喜びは相当なものでした。
もう突然電話がかかってきて、どうでもいい資料の作成をしなくてもいいのです。
嫌味を言われたり、脅されることもありません。
大量に作成した資料は、一度も人の目に晒されることなく、しまったままでした。
それは一気にどさっと捨てました。

ストレスが減ったのに、異変が起きた


それですっきりして、静かに仕事ができるようになったのですが…
なんだかイライラするのです。
忙しいと、イライラすることはありました。
でも、たいして忙しくもないのにイライラするのです。
「なんだかおかしいなあ」
その時は、あまり深刻に捉えていませんでした。

ある日、会社へ行く身支度を整えていて、化粧をしていました。
口紅を引こうと、紅筆を持った手がぶるぶると小刻みに震えています。

なんとかもう片方の手で押さえて口紅を引き、出社しました。
しかし、その震えは様々な場面で出てくるようになりました。
車を運転中に、足が震えるとか、人に書類を渡す時に手が震えるなど。

怖くなって精神科へ飛び込んだ


だんだん仕事に支障が起きるようになってしまい、怖くなったある日、会社近くに「精神科」という看板を見つけて、飛び込みました。
「手の震えが止まらない」と話したら、点滴をうってくれました。
そして、この時いくつかの質問を受けました。
「何か思い当たることはありますか?」
「ありません」
「気分はどうですか?」
「不安です」

この時はまだ気がついていなかったのです。
私はパワハラというストレスから解放されたことで、症状を発してしまったのでした。
そういうケースもあるのだそうです。
張りつめていたものがプツンと切れた、といったところだったのでしょう。
この時、私は35歳でした。

不安です、この一言で「不安神経症」に


私が「不安です」と言ったのは、自分がどういう状況になってしまったのか、それに対して不安です、というその時の心境だったのです。
これが誤解を呼んで、「不安神経症」とされてしまいました。
この時私は「焦燥感」に襲われていたのですが、「焦燥感」という言葉すら知りませんでした。
かなり後になって知ったので、仕方がありません。

診察という名目の取り調べ


4週に1度の割合で通院しました。
診察と言っても、ほぼ取り調べでした。
私は会社のストレスで、精神状態がおかしくなっているのに、家庭のことばかり聞かれるのです。
どんな育ち方をしたか、厳しかったか、両親はどこか病院へ通院しているか、どんな薬を飲んでいるのか?
それこそ根掘り葉掘りです。
嫌でしたが、最初は治してくれるものだと思っていました。
ところが、数回通院してみた結果、どれだけ取り調べを受けても、「ソラナックス」という抗不安薬を処方されるだけ、なのだということを悟ります。
しかも、この病院は週2回しかやっておらず、先生もやたらヒステリックで、嫌いでした。
(男のくせに)

他の病院へ転院


すぐに転院はせず、しばらく我慢して通院し、頃合いを見計らって転院の話を切り出しました。
そこからすぐ側の病院内に心療内科があったのです。
最初からそこに行けばよかったと思っています。
行ってみたら、ニコニコした女医でした。
あまり余計なことを聞かれるわけでもなく、ほぼ薬をもらいに行くだけで、とても楽になりました。

ただ、その時はこの女医と、まさか15年以上の付き合いになるとは思ってもみませんでした。

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2018/09/18 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |

うつ病が治ったと感じた時

   ↑  2018/09/15 (土)  カテゴリー: うつ病のこと
長いこと、うつ病が治りませんでした。
「ずっとこのまま治らないのではないか?」
そんな不安に駆られながら、毎日を過ごしていました。

うつ病について調べなくなったことでよくなっていることを知った



どこから、と境界線を引くのは難しいのですが
「そういえば、うつ病のことを調べなくなった、あ、治ったんだ」
そう思えるようになりました。

うつ病になると、とにかくうつ病のことを調べるようになります。
(あくまで私の場合です)
どんな病気なのか?
どうしたら治るのか?
ネットで調べたり、本を読んだり、うつ病の人と関わってみたり。
しかし、それらのことは、全く無駄に終わりました。

うつ病を治す方法は今のところない



うつ病が治る方法など、現時点では存在しません。
一般的にはウオーキングや日光を浴びることを推奨されます。
でも、それだけでよくなるわけではありませんし、そもそも「外に出たくない」「動けない」という重い症状の人も多々います。

「夢中になれる趣味が見つかったら治った」
という人もいましたが、それはたまたまその人にはその趣味が有効だっただけで、全ての人に言えることではありません。
発病の原因も、症状も、環境も、人それぞれ。
だから、治るきっかけも、人それぞれだと思います。

私の場合、いつの間にか、うつ病に興味・関心がなくなり、調べなくなりました。
そこで自分が、うつ病から解放されたことを知った次第です。

うつ病は心の風邪ではない



「うつ病は心の風邪です、思い当たる症状があったら、早めに医療機関を受診しましょう」
数年前、そんなCMがさかんに放送され、それを見て病院へ行く人が増えた結果、うつ病患者が増大したそうです。
うつ病は心の風邪などではありません。
未だ解明されていない部分が多く、諸説ありますが、「脳の機能障害」という説が今のところ有力です。

前述のCM以降の研究で、「軽度のうつには抗うつ剤は効果がない」ということがわかったそうです。
研究は随分続けられているようですが、こんなに医学が進んでいるのに、未だ解明されていない部分が多いのは、一筋縄ではいかない病気だということなのでしょう。

この病気は、血液検査やレントゲンで判明する類の病気ではありません。
医師の判断だけが頼りです。
しかも、薬で治るものでもありません。
薬は症状を和らげるのみです。
私の場合は、結果として、時間の経過でよくなっていきました。
それだけ、長い休養が必要だったということだったのでしょう。

医師免許を持っていると、内科であろうが、外科であろうが、どんな看板を掲げてもいいことになっています。
それでは「本当に専門なの?」という疑問が生じてしまうため、「専門医」という制度ができました。
心療内科と精神科にも「専門医」はありますが、クリアしなくてはならない項目の中に、付け足してほしいものがあります。

 「減薬指導ができること」
「臨床経験が豊富、かつ、コミュニケーション能力が高いこと」
 


正しい判断、処方、および減薬指導ができる医師が、ごく僅かだからです。
そして、診断の材料となるのは、患者との会話のみです。
コミュニケーション能力が高くなければ、患者から話を引き出すことができません。

そして、参考になるかどうかわかりませんが、うつ病で悩んでいるどこかの誰かのために、私の体験談を少しずつ、書いていこうと思っています。

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2018/09/15 | Comment (-) | HOME | ↑ ページ先頭へ ↑ |